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皆さんこんにちは。今回、服飾文化専攻ではオープンキャンパスで何らかの模擬授業を実施して、高校生の皆さんの目の前にせまった進路選択の参考にしてもらおうと思っていました。しかし、コロナウイルスパンデミックのAsymptomatic Transmission予防のため、残念ながら対面での講義が不可能との判断に至りました。皆さんに会えるのを楽しみにしていましたが残念です。

それにしても、今皆さんのおかれた状況は大変です。進路選択という人生でも非常に大切な時期に、学校の長期休校をはじめとする世界的な大混乱のただ中に巻き込まれているのですから。東日本大震災時もそうでしたが、今回もVUCAの世界を身に染みて感じます。ただ、お互い今のこの状況をネガティブにはとらえず、ピンチをチャンスに変えようではありませんか。特に、皆さんは若い!皆さんのこれから先長い人生で同じようなことが起こる可能性が高いと思います。その時、今回の経験が生かせるような毎日の時間の過ごし方もあみだそうではありませんか。目まぐるしく変化する毎日ですが、情報に踊らされず、各自のしっかりとしたアイデンティティーを保持し、フレキシビリティーを持った行動が出来るよう願っています。具体的には、こんなときこそ、しっかりとものを考える時間が取れます。だから考えよう!考えるには勉強しよう!今学校で学んでいることは20年先、いや10年先には全く役に立たなくなることも多くあります。だから勉強する価値がないということではなく、仮にどのような学校を卒業しても死ぬまで新しいことを吸収していかなければならないということを、生徒や学生時代にぜひ体感してほしいのです。自分が苦手だと思う分野にでも積極的に取り組めば、そこが自分を変える(進歩させる)起点になります。各自の勉強をとおして、新しい自分を発見して下さい。

さて、今回予定していたのは『化学』に関する模擬授業でした。皆さんの高校でも『化学』の授業があり受講している人もいるはずです。この化学は一言で言うと、“物質の本質を探る学問”になります。他の生物とは異なり我々人間は、物質をうまく利用することによって大繁栄をこの地球上で成し遂げてきました。しかし、一口に化学といっても、その学問領域はものすごく広く、分別しないと人間社会でうまく利用するのにさしさわりがあるため、大きく四つの分野に分けてきました。具体的には、『有機化学』・『無機化学』・『物理化学』・『分析化学』で、これを化学の古典的四大分野と言ったりもします。本来であれば、この四つの分野をすべて別々に勉強すべきなのですが、この中で服飾のフィールドを志す若者にどうしても学んでもらいたいということで、服飾文化専攻では『有機化学』の講義を通年で開講(合計で1コマ/90分×30回)しています。また、化学の古典的四大分野の奥深さを体感してもらうために、『化学』の講義も通年で開講(合計で1コマ/90分×30回)しています。服飾のフィールドを勉強したいのになぜ『化学』の勉強をしなければならないのか疑問を持つ皆さんもいると思います。しかし、単純に考えてください。服は布で出来ており、布は糸で出来ており、糸は繊維から出来ています。繊維を勉強すると嫌でも化学式に出くわしてしまいます。大学で服飾のフィールドを勉強するということは、そういうことでもあるのです!さらに、高校までにはなかった教科として『被服繊維学』・『被服材料学』・『被服整理学』などの、皆さんにとっては目新しい必修科目も出てきますが、これらの科目のベースも『化学』だといっても過言ではありません。言いかたを変えると、『化学』という武器を身に着けずに『被服繊維学』・『被服材料学』・『被服整理学』などの教科に取り組んでも、十分な理解は望めません。多くのことについて言えることですが、軽薄な知識はすぐに剥がれ落ちてしまします。言うまでもなく、大学では深い知識の習得を大きな目標にしています。

さらに少し失礼な言い回しかもしれませんが、皆さんに説明してもすぐには受け入れてもらえないと思います。それは、高いレベルでの知識の吸収とその応用に集中すると見えてくるものがあるということです。今回のコロナさわぎでも、自分の身についている知識の種類・質・量によって、世の中の見え方が全く異なります。これは、日常のありとあらゆることに言えることです。同じ空間・同じ時代に生き、おなじ言葉をしゃべっていても、状況判断が180度異なったり、他人を理解できないことの根源には、ベースとなる深い知識が身についているのかいないのか、ということがあると思っています。服飾文化専攻で化学を勉強することの意義は、こういうところにもあるのです。そして深い知識こそが本当の意味での一生ものの、しかも決して誰からも奪われない個人の財産になります。

ここからは、少し具体的な話題を提供します。特に大学で自分の専門分野を勉強すると深い知識はもちろん、様々な憂慮すべき社会問題にも直面します。その一例だと思って下さい。

人類の発展の歴史は、物質の新たな使い方と、新しい物質の創製の歴史と言えます。この物質の性質の本質を追及するのが化学という学問体系の役割であり,その延長上には新しい物質を作り出す使命もあることは言うまでもありません。このような意味合いから考えると、特に19世紀以来、残念ながら意識する一般市民は多くないと思われますが、人類は化学によって多大な恩恵を受けてきたといえます。繊維やゴムやプラスチックに代表される様々な種類の合成高分子化合物・医薬品・洗剤・塗料・肥料・農薬・食品添加物、果てはリチウムイオン電池や液晶まで、現代の快適な生活に欠かせない必需品の大多数は、様々な物質を化学的な手法を大なり小なり駆使し工業製品として人間が作り出したものなのです。20世紀半ばまで特に先進国においては、次から次へと新しい工業製品を生み出し、その工業製品を安く大量に作ることを最も重視し,それに伴う環境への悪影響については無関心でした。しかし、1960年代から1980年代にかけて、生態系の攪乱や環境破壊を含めたさまざまな公害が、先進国における便利で快適なライフスタイルを維持するための工業生産に関する負の側面を顕著化させるとともに、原油をはじめとする資源やエネルギーの枯渇問題にも注目が集まるようになったのです。こうなると、上で述べたように、『人類は化学によって多大な恩恵を受けてきた』どころか、場合によっては『人類は化学によって滅亡する』という認識も、私も含めて化学を専門とする人々の一部でも持たれるようになりました。このような背景の下、1998年にアメリカ合衆国の環境省のポール=アナスタスとジョン=ワーナーによって『グリーンケミストリーの12箇条』の提唱されたことは特筆に値します01)。グリーンケミストリーとは一般的に『環境にやさしい化学』ととらえられていますが、彼らによって『物質を設計し、合成し応用するときに有害物をなるべく使わない、出さない化学』と明確に定義されました。より具体的には、目的化学物質の使用に際して、その物質の設計・製造のあらゆる段階において環境負荷の低減を図り、それを実践する化学の学問・技術体系及び、そのような哲学思想体系がグリーンケミストリーと言えます。一方、サスティナブルケミストリーはヨーロッパを中心としたOECDが提唱した環境政策で、化学工業製品が生態系に与える悪影響を考慮しリサイクルによる省資源化を促進することで持続成長可能な産業のあり方を提案したものです。このような先進諸国の取り組みに対して日本においては、2000年に産学官の連携によるグリーンサステイナブルケミストリーネットワークを発足させ、それ以後、グリーンサステイナブルケミストリー(GSC)として取り組まれています。具体的には『グリーン原料』・『グリーンプロセス』・『グリーン製品』・『グリーンリサイクル』の4つの研究領域として扱われており、おおまかには次のようになっています。『グリーン原料』では、各種バイオマス資源の検討。『グリーンプロセス』では,より環境に優しい代替反応試薬・反応経路の検討。『グリーン製品』では、環境負荷がより少ない物質の開発。『グリーンリサイクル』では、各種副産物のリサイクル技術及び、資源のリデュース・リユース技術の開発。さらにこれら各研究領域の個別技術の開発だけではなく、人類の工業生産活動等により汚染された土壌・水圏・大気圏を修復するためのケミカルレメデーション技術開発・バイオレメデーション技術開発もGSCの重要なテーマとなりつつあります。いずれにしても、人類の循環型持続可能な社会構築に向けてのここで取り上げた化学の領域を中心とした取り組みは、その重要性が今後ますます大きくなるものと考えられており、これらの取り組みの有効性を数値化して具体的な評価材料として扱えるようにした一例としてE【nvironmental】-ファクターがあります02).03)。これは主に化学工業における省資源性を評価する指標の一つで、廃棄物の重さを生成物の重さで除するという極めて単純に定義されており、したがって直感的にも理解しやすい値になっています。つまり、E-ファクターの小さな化学反応・製造プロセスほどグリーンな化学反応・製造プロセスと言えるのです。言うまでもなく、ある化学反応・製造プロセスで廃棄物が生じなければE=0となります。したがって、E-ファクターの小さな化学反応・製造プロセスを利用した工業製品ほど地球環境保全により貢献出来ることにもなります。一般に複雑な化合物を合成するプロセスほどE-ファクターは高くなることも直感的にわかります。具体的には、石油化学製品製造では約0.1、一般化成品製造で1~5、ファインケミカルズ製造で5~50、医薬・農薬製造で25~100の値を有すると言われているのです。換言すれば、石油化学製品製造では無駄になる資源は製品の一割程度ですが、医薬品などの製造では製品の25倍から100倍もの量の物質が廃棄されることになっています!石油化学分野と医薬分野とでは、目的製品の総生産量に関しては前者が後者の100倍程度と大幅に異なるので、異なる業態間でのE-ファクターの比較は、生産量も含めて考える必要があるとはいうものの、医薬品製造は現代人類社会に対するもろ刃の剣である側面を有することは認識しなければなりません。
一方、このE-ファクターに関連して、ファッション・アパレル業界においてもまだまだ改善の余地があります。もし少しでも興味があれば、皆さんも皆さんなりに調べてみて下さい。今回は、皆さんを煙に巻いて終わりとします!!

≪参考文献≫
1.Anastas, P. T. &Warner, J. C., Green Chemistry. Theory and Practice, Oxford University Press, Oxford (1998).
2.Sheldon, R. A., Green Chem., 9 (2007) 1273-1283.
3.Sheldon, R. A., Chem. Commun., (2008) 3352-3365.

 

≪Appendix ≫
量子力学の聖地デンマークのコペンハーゲンにて 

FIN.

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